1.受け取った情報について怖いなど感情が起こるとき

今の時代は簡単にさまざまな情報が目に入り耳に入ります。

次の震災はいつかというのは首都圏に住む多くの人が気になるところではないでしょうか。
わたしは気になって地震予知などでネット上で検索しては不安がっていたことがありました。
安保も気になるニュースです。

 

ニュースやネット上の情報を見て「怖い」「戦争になったらどうしよう」と思うとき、わたしたちはその情報を知ることでそれらの感情がでたと思うのではないでしょうか。

X月X日大震災が首都圏で発生する、というような予知をネット上などで見たときに「怖い、どうしよう」と多くの方が反応しますよね。地震予知を見たから怖いと感じるのですが「地震予知を見る」から「怖いと感じる」の間にひとつ行程があります。

地震予知を見て「地震予知を信じる」から怖いと感じるのではないでしょうか。
もし地震予知をまったく信じない人は怖いと感じないでしょう。

 

わたしたちはなにか見たり聞いたりしたときに何かしらの感情が発生します。
見たり聞いたりしたものが直接わたしたちの感情を引き起こすのではなく、どうとらえるかによって起こる感情は異なってくるのです。

 

わたしたち情報を受け取る側は情報に左右されるだけでなく、ネットやテレビなど情報を発信する側の意図を考える必要があると思います。

なぜその場面を放映するのか、なぜ今その情報を流すのか。

世の中にはたくさんの出来事が起こっていますが発信される情報はその中から選ばれたものです。選んだ情報のどの部分を見せるのかも選ばれています。
グルメ番組なら食べ物をおいしそうに見せたいでしょうし、放映するのはメニューの中からスペシャルなものを選ぶかもしれません。
流す情報は選んだ意図があるのです。

 

わたしたちは情報に対して「どうとらえるか」も選ぶことができます。
地震予知を信じることもできるし、信じないこともできます。
情報がわたしたちをコントロールするのではありません。
わたしたちが情報に対してどうとらえるか、どう振舞うか選択することができるのです。

情報を流す側の意図に翻弄されずに冷静に判断したいところです。

2015.9.24


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